朝涼の古寺に描ける砂紋かな


夫婦ともよく知る神河の知人が電撃入籍。

嫁ぎ先は、町内のとあるお寺です。


古寺に刻む新たな歴史

 

「あの娘は、どんな人が合うんやろなぁ」

本人からすれば余計なお世話以外の何物でもありませんが、たびたび妻との話題に上ってきた人物がいます。

その名も、神河町作畑地区にルーツを持つ”作畑ガール”こと井上知美さん。

神河に来てから知り合った同い年の友人です。

妻にとっては、神崎郡内の有志メンバーで作っている手書きのフリーペーパー『Nature Styleしんぶん』の編集仲間でもあります。

彼女のブログ『山と川のあいだで』

ブログ記事のバックナンバーを読んでいただければお分かりの通り、山登りや史跡散策が趣味(ライフワーク)

休日の遊び相手は、親ほど歳の離れたお友達。

「同世代で話が合う人があまり多くないんやけど、山口夫婦は話しやすいわ〜」

そう言われて、嬉しい反面、複雑な気持ちになったことを想い出します。

 

キュートな一面もあり人間性は文句なしなのですが、特殊な生き方をしている彼女なので、正直「結婚はちょっと遠いかな・・・」と感じていたのは事実。

だからこそ、

「知美ちゃんが結婚するらしい」

というニュースを聞いた時は本当にびっくり。

「どんな人と??」

すかさず、そう尋ねたのは言うまでもありません。


運命のお相手は、貝野地区にある古寺「法幢寺(ほうどうじ)」の住職。

(以下、Nature Styleしんぶんの最新記事より抜粋、改変)

寺の歴史は古く、西暦665年、人里離れた中州に法道仙人が庵を設けて釈迦如来の像を作ったのがその始まり。

当時は「法道寺」と呼ばれていたそうですが、天文10年ごろ曹洞宗となり、現在の表記になったそうです。


貝塚があったとされる貝野には、法幢寺を中心に「貝野七軒屋」が暮らしていたという記録があります。

東は越知川、西は市川に挟まれる地形。

台風の襲来時には両河川の堤防が決壊し、たびたび水害に。

人々はモミの木を植え、洪水時には登って避難していたそうです。

その名残をとどめるモミの木が、今でも5軒に残っています。

 

「昔から水害の多い地域に、なぜ古くから寺があり、人が住んでいたのだろうか」

そんな疑問を持った彼女がたどり着いた答えは、「日照時間」

真東を向いている寺の正面より早朝に太陽が顔を出し、夕方には西日が御本尊を背後より照らす・・・。

そんな神々しい土地を選び、法道上人がここに庵を結んだのではないかと考えられるのだそうです。


結婚式当日は、すっきりと気持ちの良い晴天。

枯山水の庭にはハートマークの砂紋が描かれ、訪れた人の目を楽しませていました(アイキャッチ画像)

地元の寺にお嫁さんを迎えるとあって地域の重鎮が顔を揃える一方、誰でも参加できる一般席も。

風通しよく広々と感じられるお堂には、二人を祝福するあたたかい空気が満ちていました。

交換された念珠の名前は「星月菩提樹」。

 

お釈迦さまがその下で悟りを開いたと言われる菩提樹の念珠だそうです。

 

遠い遠い昔に想いを馳せつつ、東西から射しこむ光の中で紡いでゆく新たな歴史。

地域にとって心の支えとなる場をととのえながら、幸せな家庭を築いてゆかれることを祈ります。


今日の一句

 

朝涼の 古寺に描ける 砂紋かな

あさすずの こじにえがける さもんかな

季語:朝涼(夏)

町内でもっとも日照時間が長く、美しい朝日が望める法幢寺。

歴史ある寺に涼やかな風を吹き入れながら、未来を描いてゆく夫婦の姿を想いました。


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